それでもやっぱり僕たちは
頭の中が真っ白になる。ものすごい衝撃が一瞬で足の先から頭の天辺へ突き抜けて、このときばかりはどんなに我慢しようと思っても甘ったるい声を抑えられない。
頭の中を染めた白が弾けて四方八方に飛び散っていく。アレだ、広場とかで手持無沙汰にうっかりパンくずを一羽のハトにやり始めたらいつの間にか餌を求めて集まった百羽近いハトに周囲を取り囲まれていて、 そいつらが何かの拍子に一斉に飛び立った時みたいな、そいつらと一緒に自分まで浮いてしまいそうな感じ。
よく分からん例えになったが、まぁ何だ、強烈な浮遊感ってヤツ。そして痺れるような解放感。それから星を手で掴めるくらいに昇り詰めた高いところからゆっくりと揺りかごに乗って降りてくるみたいな最高に満ち足りた心地良さと幸福感。
直接的な表現をするとカロルみたいなお子様には聞かせられない卑猥なお話になってしまうのでオレにしてはまどろっこしい詩的な表現をしてみたが、有り体に言えば今オレを襲った一連の感覚は「大人同士の行為の果てにイった」ってヤツだ。
オレにそんな感覚を与えることのできる唯一無二の存在、幼馴染みのフレンもいつの間にかオレと同じく最高の瞬間を迎えていたらしく、尾を引く余韻の中でオレの胸元に頬を寄せて深い呼吸を繰り返している。目は閉じられているので瞳は見えない。
「……満足そうなツラ……」
肌をくすぐる金髪を指先で抓んでつんつんと引っ張ると伏せた瞼がゆっくりと開き、宝石みたいにきれいな青い瞳が露わになった。少しの間ぼんやりとしていたものの次第に焦点を取り戻した目はオレを映した途端にほわっと火を灯したみたいに熱を帯びる。
どんなに清潔そうな顔をしていてもフレンだって心身共に健康な成人男性。当然性欲は標準装備だからムラムラだってするしセックスだってする。その相手が同じ男のオレだってのは世間一般からはズレてるけど、誰もがイメージする清廉潔白にして勤勉実直かつ文武両道の騎士団長フレン・シーフォとは一味違った俗っぽいフレンの顔や行動を知っているのはオレだけという優越感は何にも代え難いものだった。
「……ユーリはまだ物足りないの?」
少し掠れたしっとりと湿った声が堪らなく色っぽい。
昇り詰めた直後でどこもかしこも敏感になっている身体は肩に指先が触れただけで過剰に反応する。唇や口内はまるで性感帯そのもので、熱く濡れた舌で撫でられると背筋を這い上がる甘い衝動に全身がふるえるほどだった。
口の端から零れた唾液が頬を濡らすのも構わず長く差し出した舌を絡め合い、互いの口内を舌先で蹂躙するような激しいキスはセックスと変わらない。一度は鎮まりかけていた欲望が少しずつ活力を取り戻し始める。
オレの肌を這うフレンの手も次第に意図の明らかな動きを見せ始めた。それに応えて輪郭を辿るようにオレもフレンの身体に手を這わせる。
肩や背、腹を辿っていたその手が何気なくフレンの尻に触れた。女性みたいな丸みや柔らかさはないけれど、無駄な肉の付いていないキリっと引き締まった形の良い尻だ。散々こんな行為をしているので今までに触ったことがないわけではない。
それなのに少し手が触れただけでなぜかぐんぐんと上昇する興奮の熱がふとその勢いを緩め、オレは糸が切れた人形のように舌の動きも手の動きもぱたりと止めてしまった。
当然フレンも何事かと動きを止めてオレの顔を伺う。「さあ、これからだぞ」というところだったのでちょっと不服そうだ。
「……なに?どうかした……?」
「んー?ああ……いや、ちょっと……ふと気になったことがあって……」
フレンの胡乱気な目はよりによってなぜ今この時なのかという心情をありありと語っていて、オレ自身本当にごめんと頭を下げたいくらいにそう思うけれど、それでも「そんなのは後回しだ」と切り捨てるようなことはせずにオレの話を聞こうという姿勢を見せるフレンは本当にいいヤツだ。
視線で「それで?」と先を促され、オレは動きを止めた理由を正直にそのまま言って良いものかと一瞬ためらう。だがここで「やっぱりなんでもない」という言葉も通用しないだろうと話す決意を固め、オレは正面からフレンと視線を合わせた。
「おまえ……こっちは未開発、なんだよな?」
「…………」
今度はフレンの動きがぱたりと止まる。「こっち」という瞬間、オレの手はフレンの尻を触っていた。
フレンとこういうコトをするようになってもう何年にもなる。初めての時にもどちらがどうすると相談したわけでもなくごく自然な流れで攻守が決定し、それから一度もポジションの変更はしていない。本来は男女の営みなのでオレのポジションは「女役」ということになるけど、それを特に心外だとか不満だとか思ったこともない。フレン以外のどこぞの野郎相手なら絶対にお断りだが。
「ユーリに開発した記憶がないなら未開発のはずだよ」
「……なんだそれ」
オレにそんな記憶はない。つまりは未開発ということだ。それならそうと直接言えばいいのに時々フレンの言い方は回りくどい。
口を噤んだオレにフレンは呆れたような顔を見せる。言葉にはしなかったものの面倒くさそうな表情が隠せていなかったらしい。
「なに、その反応。じゃあすでに開発済みだと言ったらユーリはどうするんだい?」
「……相手聞き出してとりあえずブっ殺す」
「殺しちゃダメだよ。どんな理由があろうと罪は罪だ」
「涼しい顔でんなこと言ってっけど、もしオレがおまえ以外の野郎ともよろしくヤってるって言ったらおまえはどうすんだよ」
「とりあえず何か適当な理由を見付けてその野郎とやらを拘束、拘留、尋問、かな」
「職権乱用は罪じゃねえのかよ」
まぁ何だ、お互いにお互い以外はご免だということだな。
ほぼ100%未開発だと確信を持っての問い掛けだったけれど、実際にフレンの口からそれを聞いてオレは少し安心した。
なにしろフレンは顔が良い。時々妙に言動がおかしくなる傾向はあるものの世間的には性格も良いと評判だ。文句無しに女にはモテる。
そして一定数の野郎からも妙な目で見られているのも事実だった。フレン自身がそういう輩の存在に気付いているのかどうかは知らないけれど。
若くして国の中枢に関わる高い地位に就いたものだからやっかみ半分もあるのだろうけれど、「あの清潔そうなツラが歪むところを見てみたい」などとほんのりと変態臭の漂う台詞を吐いていた騎士団員や騎士団と協力体制にあるギルドのゴロツキを別の理由をこじつけてブン殴ったこともある。
「なんだい?ユーリ、開発したいの?」
「……え?」
唐突なフレンの言葉にオレは再び固まった。未開発ならそれでいいというくらいで、オレ自身が開発したいだの何だのとそんなことまで考えていたわけではない。オレがフレンの未開の地を開発する?なんだそれ、どういうことだ。
いや、何をどうするのかという具体的な行動は分かる。いつもの逆ってことだ。それは分かる。分かるけど、なんというか、そのシーンを想像できない。どうなるんだ?
「ユーリならいいよ。というか、ユーリ以外は考えられない」
「え……?いや……つーか、いいのかよ、そんな……」
ナニをソコに突っ込まれるんだぞ?フレン・シーフォともあろう者が?考えたことがないわけではないけど、いつも妄想は途中で中断される。なんかオレ的にものすごく非現実的すぎて想像できないんだよな。
初めは結構痛いんだぞ?涼しい見た目に反してフレンは体力バカだ。ガキの頃から大きい怪我をしたときでもあんまり泣いたりしなかったし今でも痛みには強いヤツだけど、そういう痛みとはちょっと違うんだ。剣で斬られるのとはわけが違う。そもそも外から中に入っていくことを想定していない造りの場所に「えー」ってくらいになったモンを入れるんだぞ?
「ユーリはいつも渋々僕にされてるの?」
「んなわけねぇだろ」
「ならいいじゃないか。そんなヘマをするつもりはないけど、もし今後万が一ユーリ以外の誰かに未開の地を踏み荒らされるようなことになったらその方が僕はイヤだよ」
「オレもイヤだ」
考えただけでイライラする。
なにしろガキの頃からずっと一緒だから、こういう大人の行為に限らずありとあらゆるオレの「初めて」の記憶にはほとんどフレンが絡んでいる。
いろんな「初めて」があるけれど、こんな大事な「初めて」をどこぞの有象無象に呉れてやるのは我慢ならない。
「はい、決まり」
「う……わっ」
言うや否や、オレの背に腕を回してフレンが身体を反転させる。
フレンが下、オレが上。ポジションが「女役」の場合でもオレは自由に動きたい派なので遠慮なくフレンの腹に乗っかるから、フレンを見下ろすのはそれほど目新しいアングルではない。
でも何というか、役どころがどうであれ心まで「女」になっていたわけではないと思っていたのに、精神的ポジションが逆になっただけでこの体勢はやけにオレの中のいつもとは少し違った「オス」の部分を刺激する。普段抑え込んでいる分こういう行為の時にフレンの色気は決壊した川のように溢れ出るのが常だけど、倍増しで色っぽいというか艶めかしいというか、甘ったるく匂い立つ「何か」をオレの中のその「オス」の部分が強く感じ取っていた。
「え……えーっと……じゃあ……」
オレの葛藤を他所にすっかり待ちの体勢に入っているフレンをいつまでも放置しておくわけにはいかない。意を決してオレはそっとフレンの未開の地に手を伸ばした。
フレンの青い瞳がゆっくりとオレの手の動きを追い、堅い性格を表していつもキリリと凛々しく結ばれている唇が緩んで薄く開く。吐息で乾いた唇の表面をちらりと覗いた赤い舌先が右から左へすぅと流れて湿らせた。
あーもう、いちいち色っぽいな。なんだこいつ、いつもこんな感じだったっけ?なにドキドキしてんだオレ、男だろ、ここはビシっと……。
「……ぶ……っ」
「……は?」
何か変な音がした、と思ったら急にフレンが身体を捩って笑い始めた。当然オレはぽかんとする。
ホント何なんだこいつ!さっきまでの凄絶なまでの色気は何だったんだ!
「く……くすぐったいよ、ユーリ……っ!」
はぁ?なんだと?そんじゃ何の準備もなくいきなり突っ込んでいいってのかよ。裂けるぞ、流血だぞ、魔導器なくなっちまったからファーストエイドも使えないんだぞ。こんなトコにエステル呼ぶわけにゃいかねえし。
「いつも何をするにも豪快なくせにこういう時は怖々触るものだからむずむずして……」
怖々って……、おまえのために慎重になってんだろ。動くたびにあらぬ場所が痛んでは騎士団の指揮にも影響が出るかもしれないじゃないか。しかも患部を庇って変な動きをしてたら猫目の姉ちゃんあたりには何か勘付かれそうだ。
「くすぐったいのと気持ち悪いのは紙一重だってどっかの賢いヤツが言ってたぞ。感じ方の違いは愛情の度合いなんだってさ」
「そうだよ、だからくすぐったいんじゃないか」
首の後ろに回された手に引き寄せられ、重なる角度を変えて数回リズミカルに啄ばむみたいなキスを受けて一気に頭の中がぽぅっと熱を持つ。
なんかもうどっちがどのポジションとかそんなのどうでもよくなってきた。役割とか未開発とか関係なしにただ気持ち良くなりたい。こいつとだったら別に難しく考えなくても何でも心地良さに繋がるんだから。
と、オレが早々に白旗を上げそうになった時だった。
「もう、しょうがないなぁ」
やれやれといったふうに苦笑したフレンにがっつりと手首を掴まれる。そしてそのままその手は強引にフレンの未開の地へと導かれた。
「え?いや、あの……フレン……」
「静粛に。ムードぶち壊しだよ、ユーリ」
いや、ムードとか言い出したら初めにそれをぶっ壊したのは急に笑い始めたおまえだろ。
だがこの際そんなことはどうでもよくて、問題なのはフレンに引っ張っていかれたオレの手の行方だ。
指先が未開の地の入り口に触れる。そのまま指の付け根を少し強めに押された瞬間、僅かな抵抗の後にオレの指先はフレンの前人未到の地に踏み込んでいた。
「……っ……」
息を詰めたフレンが眉根を寄せる。おいおい大丈夫か?ちゃんと慣らしてからじゃないと痛いんじゃないか?今でこそオレはこの行為で上手く快感を拾い上げられるようになったけどここまでの道のりは結構長かった。
それでもその長い道のりを経ても後ろだけで天辺まで昇り詰められるのは数回に一度だけだ。それも自分自身の心持ちはもちろん、雰囲気とか体調とか諸々の条件が揃わなければ挿入だけの絶頂は難しい。
だがそんな心配を他所にオレは再びフレンの姿に魅入っていた。
「……おかしいな……ユーリのだったらいちにのさんでイイ所を探り当てられるのに……自分のだと分からないものだね……」
フレンの手に押され、オレの指がフレンの中をゆっくりと掻き回す。中はものすごく熱い。オレ自身が興奮で発熱しているのかもしれないけど。
慣れてないくせに無茶なことをするからフレンはちっとも気持ち良さそうではない。眉間には浅い溝が刻まれているし、唇は時々歯を食い縛って引き攣っている。
でもそこまでしてなんとか良いポイントを探そうと懸命になっている姿を見ていたらむくむくと愛おしさが湧き出してきた。別に今まで何を疑っていたわけでもないけれど、オレってこんなにフレンに愛されてたんだなぁ。
ここはひとつ耳元で甘い言葉でも囁いてムードと感度を盛り上げてやろうかな、とオレがその気になりかけた時だった。
「ん……ぁっ」
思わず声が漏れた、というふうにフレンが小さく喘いだ。
感じるポイントは違っても上下どっちのポジションだろうと気持ち良いものは気持ち良い。当然普段から行為の中ではフレンも喘ぐ。
けど、いつもとは何かが違った。ずくりと身体が疼く。
そして疼いたその場所にオレは我が事ながら驚いた。
マジか。これはヤバいだろ、正直すぎるだろオレの身体。
疼いたのはフレンの未開の地を開発するために逞しく育っている本来男の欲が最も顕著に現れる場所ではなく、フレンに開発されて僅かな快感も敏感に拾い上げるほどに感度の良くなった身体の奥の方だった。
要するに、突っ込むよりも突っ込まれたいとオレの身体は思っているというわけだ。それを感じ取った瞬間、オレの意識は一気に身体の方へと引き戻された。
「……フレン」
「…………?」
またしても「さぁ、これからだ!」というところで水を差されたフレンはあからさまにムっとした様子でうっすらと目を開く。
居たたまれないのはオレも同じだ。他にどうしようもなく愛想笑いを浮かべつつ、オレはオレの手を未開の地へと導いているフレンの手を反対の手でそっと外させた。
指先が抜ける瞬間にフレンが小さく呻いて口元を震わせる。その感覚は容易に自分に置き換えることができて、再びオレの身体は奥の方が疼くという正直すぎる反応を見せた。
「フレン、悪い。オレ……やっぱいつもと同じでいいわ」
「……は?」
まだ正常に頭が働いていないのか、フレンはいつになく鈍い反応を見せて首を傾げる。
こういうフレンを見るのも悪くない。いつかオレにもっと余裕が生まれたらその時こそ腹を括る。でも今はまだその時ではないようだ。
「だから、もうしばらくこっちは自衛に努めてくれ、な」
こっち、と言う瞬間、オレの手はまだ誰にも明け渡されていないまっさらなフレンの尻に触れていた。
何がなんでも死守してくれ、オレがその気になる時まで。
「……はは」
少しの間きょとんとしていたフレンは、オレに向けて無防備に開いた身体を閉じながら小さく笑い始める。
すぅと伸びてきた手が背に回され、強引ではないのに抗い難い力で引き寄せられて胸元を合わせてオレとフレンの身体が重なった。
「了解」
間近で聞こえた艶やかな声と、胸の奥まで見透かされそうな青い瞳に頭の芯が痺れ、間もなく訪れるだろう感覚に身体の奥が疼いて震える。手が腰に添えられただけでオレは期待に満ちた熱い吐息を零していた。
……なんだかなぁ、これでいいのかな、オレ。
いや、いいんだいいんだ、コレで。元からこんなだったわけではないけど、今現にオレの身体はこっちのポジションでフレンを求めてるんだから。いろんなヤツから「素直じゃない」と言われるオレだけど、そんなオレだからこそこういう時くらいは素直になったっていいじゃないか。
その後、心身や雰囲気、諸々の条件が完璧に整ったオレの身体はバカみたいに正直に何度も何度も天辺まで昇り詰めた。フレンもまた然り。
結局、これがオレたちのベストポジションってわけだな。
END
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