でっかい?ちっこい?
焚火を囲んでの夕飯時のこと。
「あ」
何かに思い至った様子でユーリが小さく声を零した。
「ん?どうかした?」
ユーリの隣りに座り女性陣作の野菜たっぷりカレーにしこたまタバスコをふりかけていたフレンが声を聞きつけて顔を上げる。
「あー……いや、前に隊長がシャスティルのことを「大きいほう」って呼んでただろ?あれってそういう意味だったのかって……」
ユーリの言葉にタバスコの小瓶を振る手をようやく止め、フレンは眉をひそめて目を見開くという奇妙な表情を作って見せた。
焚火の向こう側では同じくカレーの器を手にしたジュディスとリタがスプーンを動かす手を止める。聡い二人は今の一言でなんとなく意味を察したのか、片や目元を緩め、片や目尻を吊り上げた。
「えぇ?今更?」
「今更っつーか、今の今まですっかり忘れてたんだよ」
珍しく頓狂な声を上げるフレンに対してユーリはけろりと答える。
どうやらユーリが騎士団に在籍していた頃のことと思しき当人達にしか分からない遣り取りに、焚火を囲む他の面々の興味深げな視線が集まった。
「お前はあん時ちゃんと分かってたんだよな。そういや変な顔してたもんなぁ」
「変なって……」
「やっぱお前しっかり見るトコ見てんのな」
にやりと意味深な笑みを見せたユーリに、真っ赤に変色したカレーを口に含んだフレンは思い切り噎せて咳き込む。決して味や辛さのせいではない。
「見る見ないじゃなくて……ゲホ……っ……向かい合って話してたら目に入るだろ……ゴホっ」
「オレ見てねえもん」
「ユーリ!君ね……ゲホっ」
「何だよ、悪いことじゃねえだろ。どんだけ立派な騎士様でも野郎は野郎ってことだ」
噎せすぎて目の端にうっすらと涙を浮かべるフレンの背を撫で擦るユーリはやはり笑っていた。
次第に咳も収まり恨みがましく上目に睨むフレンの皿に、ユーリは自分の皿の野菜カレーから掬い上げた希少な肉を「コレで機嫌なおせよ」とばかりにひょいひょいと移していく。憮然としつつも満更でもない様子でフレンは黙々とそれを口に運んだ。
「わたし、あんなフレンを見るのは初めてです」
焚火越しにユーリとフレンを眺めながらエステルが溜息とも羨望ともつかない吐息を零す。フレンが新人騎士の頃からの顔見知りだが、皇女と一介の騎士という立場をわきまえ、歩く騎士団規律のような真面目で誠実なフレンに馴染みの深いエステルにとっては新鮮な光景のようだった。
「青年達にも少年時代があったってことを思い出させるわね」
「可愛らしいじゃない。大人ぶって取り澄ましているよりも好きだわ、私」
未だに「やっぱり大きいほうがいいのか」だの「いいからもう黙れ」だのと下らない遣り取りを繰り広げる下町コンビにレイヴンとジュディスが笑う。故意なのか偶然なのか、ジュディスの胸元で「大きいほう」の象徴がカレーの湯気に煽られるようにたわわに揺らいだ。
「はぁ……、まさかこいつらにこれを言う日が来るとは思わなかったわ」
辺りを明るく照らし出す焚火を吹き消す勢いで「小さいほう」のリタが盛大に溜息を吐き出す。
「バカっぽい」
天才魔導士の呆れ果てた声は瞬く間に満点の星空に吸い込まれた。
END
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